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東京高等裁判所 昭和45年(う)2186号 判決 1972年10月20日

主文

原判決を破棄する。

被告人両名をそれぞれ禁錮二月に処する。

被告人両名に対しそれぞれこの裁判が確定した日から一年間その刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は検察官が提出した控訴趣意書に記載されたとおりであり、これに対する答弁は弁護人東城守一、同久保田昭夫、同山本博が連名で提出した答弁書に記載されたとおりであるから、いずれもこれを引用し、当裁判所は次のとおり判断をする。

控訴趣意第一の二について。

論旨は、原判決は、被告人赤崎の北沢巡査に対する公務執行妨害の訴因事実中、同被告人が同巡査着用の制服の襟元を掴んで引張り、ボタン三個をもぎ取つたとの点については、証明が十分でないと判示したが、右の事実を認めなかつた原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認がある、というのである。

よつて検討するのに、本件の訴因は公務執行妨害であつて器物損壊ではないのであるから、要するに問題は被告人赤崎が北沢巡査着用の制服の襟元を掴みボタンがちぎれるほど強く引つぱつて同巡査の身体に暴行を加えた事実があるかどうかという一点に帰着するものであるところ、一件記録を精査すると、この点につき原判決の説示するところは首肯するに足り、なお当審における事実の取調の結果を加えて考えてみても右の暴行の事実を認定するのにいまだ十分ではない。しかも、そればかりでなく、右の事実は原判決が有罪と認定した同巡査のネクタイを引つぱつてその首を絞めかつその左下腿部を蹴り上げた暴行の事実とあわせて包括一罪をなすものとして訴因とされているのであるから、その一部である所論の暴行が認められるか否かはもともと判決に影響を及ぼすことが明らかであるともいえないのである。それゆえ、いずれにしてもこの点の論旨は理由がない。

控訴趣意第一の一および第二について。

論旨は、要するに、原判決は、被告人両名を含む本件ピケ隊がピケットを張つた行為は威力業務妨害罪を構成するものであることを肯定しながら、その際の客観的情勢においては、警察官がピケ隊に対して実力行使をすることができる警察官職務執行法五条後段所定の要件が存しなかつたとし、警察官の本件実力行使は適法な職務執行と認められないと判示しているけれども、本件の場合入局しようとする局職員またはこれを阻止しようとするピケ隊員らの身体に対し危険のおよぶおれのある客観的状況が生じていたことは証拠上明白であり、警察官職務執行法五条後段の要件を具備していたことが明らかであるにもかかわらず、その点を誤認して北沢巡査らの職務執行を違法な行為であるとし、被告人らの同巡査らに対する暴行につき公務執行妨害罪の成立を否定し、正当防衛であるとして被告人両名に無罪を言い渡した原判決には重大な事実誤認および法令の解釈適用の誤りがある、というのである。

そこで、これに対する判断に先だち、まず本件訴訟の経過をみてみるのに、原判決は被告人らの本件ピケッティングの違法性を検討したうえ、右は一般民間企業における労働組合の争議行為としては許される範囲内のものであるが、本件争議行為は公共企業体等労働関係法(以下「公労法」という。)一七条一項により禁止されたもので、かかる争議行為については労働組合法(以上「労組法」という。)一条二項の適用の余地がないから、本件ピケッティングは威力業務妨害罪を構成するとし、ただ本件の場合警察官の実力行使は警察官職務執行法(以下「警職法」という。)五条の要件を欠いていて適法な職務行為とはいえないので、被告人らのこれに対する暴行行為は公務執行妨害罪にあたらないばかりでなく、正当防衛として暴行罪の成立も認められないとして無罪を言い渡した。これに対し差戻前の控訴審判決は、同じく公労法一七条違反の争議行為に労組法一条二項の適用がないことを理由に本件ピケッティングにつき威力業務妨害罪の成立を認め、警察官の実力行使の適法性に関しては、右は警職法五条後段の要件を充たすばかりでなく、本件実力行使の際は威力業務妨害の違法状態が継続していたのであるから、ピケ隊員引き抜き行為は現行犯たる威力業務妨害行為に対する鎮圧行為として適法な職務行為であるとして被告人両名に公務執行妨害罪の成立を認めたのである。ところが、上告審である最高裁判所大法廷は、ピケッティングが威力業務妨害罪を構成するとの前示判断に関し、最高裁判所昭和三九年(あ)第二九六号同四一年一〇月二六日大法廷判決(刑集二〇巻八号九〇一頁。以下「全逓中郵事件判決」という。)を引用したうえ、公労法一七条一項に違反してなされた為議行為にも、労組法一条二項の適用があるものと解すべきであり、公労法一七条一項に違反するというだけの理由で、ただち本件ピケッティングを違法であるとした右の判決は法令の適用を誤つたものであるとして、これを破棄し本件を当裁判所に差し戻したのである。

したがつて、以上の経緯にもかんがみれば、被告人両名を無罪とした原判決の当否を審査するにあたつては、まず、本件ピケッティングの違法性すなわちそこに威力業務妨害罪の成立があるかどうかを考え、次に本件警察官の実力行使たる引き抜き行為の適法性ないしはそれが刑法上保護に値する職務行為であるかどうかを考えてみなければならない。

一本件ピケッティングの違法性について。

(一)  まず、本件における争議の経緯ならびにその際の被告人らの行動についてみるのに、原判決が第二の一の(一)、(二)および第二の二の(一)、(二)に挙示する各証拠および当審における事実取調の結果を合わせ考えると、(1)全国逓信労働組合(以上「全逓」という。)は、昭和三三年一月開催の中央委員会および同年二月開催の戦術会議により、同年のいわゆる春季闘争の一環として、一律に二、四〇〇円の賃金値上げを主な要求項目として要求七項目を掲げ、新賃金引上げに関する公共企業体等労働委員会の調停進行の状況を考慮して同年三月二〇日前後に全国各地の統轄局においてそれぞれ勤務時間内食い込みの職場大会を開催する闘争方針を決定し、全逓横浜郵便局支部(支部長小原博)に対しても同年三月一七日に全逓神奈川地区本部を経由し、闘争指令第三七号をもつて三月二〇日午前八時三〇分から同一〇時三〇分までの二時間勤務時間内食い込み職場大会の開催を指令したのであるが、当時時間内職場大会は郵便法七九条に違反するので刑事罰の対象にもなるとの大臣通達が発せられており、横浜郵便局長をはじめとするいわゆる管理者側は右通達を掲示するとともに同局支部あて文書で警告するなどの措置をとつており、支部組合員には刑事罰の対象となるようなことまでして組合活動をすることには消極的意見が強かつたので、同支部は右職場大会の開催を拒否して前記指令を返上するとともに同支部執行委員は全員右役職を辞するに至つたこと、(2)そこで、前記地区本部は右事態に対処し、同地区本部の責任において右闘争指令を実施するため、横浜郵便局内に、右地区本部執行委員会その他上部機関役員らで構成する臨時闘争指導部(以下「臨闘」という。)を設け、あくまで前記三月二〇日の勤務時間内二時間食い込み職場大会の開催を企図し、同局支部組合員に対し、前記指令に基いて右闘争の指導にあたるとともに、神奈川県地方労働組合評議会(以下「地評」という。)に対し、当日横浜郵便局員の就労を阻止するためのピケット要員の支援動員方を要請したこと、(3)他方横浜郵便局の管理者側においては、局員の就労を図り業務の正常な運営を確保するため、できる限り多数の職員を掌握し、ピケ隊との摩擦を避けつつ入局させる方針をたてるとともに、ピケ隊によつて入局が阻止されることをおもんぱかり、同月一九日同局長寺田清吉名義の文書をもつて、所轄加賀町警察署長あてに警官出動を要請し、当日ピケ隊により局職員の入局が阻止された場合には右郵便局の業務運営確保のためこれを排除してほしい旨の依頼をしたこと、(4)翌三月二〇日午前七時前後ころには地評の動員したピケット要員一〇〇名前後が右郵便局職員通用門および他の二つの出入口にピケットを張り、午前八時ころにはその数約二〇〇名位に達し、被告人らを含む多数の地評傘下の労組員が職員通用門を中心として厚いいわゆるマス・ピケを張り、スクラムを組んだり、労働歌を高唱するなどして気勢をあげ、局職員の入局を極力はばむ態勢を示していたこと、なお、組合側からは午前七時すぎには管理者の通用門の出入りをも一切禁止する旨の放送がなされ、また午前七時に出発予定の速達一号便もピケ隊がその通行に容易に応じなかつたため午前八時一五分ころ漸く出局する状態であつたこと、そして午前八時三〇分に就労予定の一般内勤局員は当日午前七時ころから出足よく出勤してきたが、ピケ隊との衝突をさけ、前記通用門東隣の神奈川県庁分庁舎前歩道上にたむろして形勢をうかがうような形になつていたので、管理者側は各課ごとに局員の掌握につとめ、午前八時三〇分前後にはその数も約一五〇名位に達していたこと、一方臨闘側は組合員を横浜公園に誘導して職場大会を開催することを意図していたが、右誘導は困難な状況になつたので、前記通用門前に集つた支部組合員、ピケ隊員を対象に職場大会を開催することを決し、午前八時二〇分前後から労働組合宣伝カーの上から各議員、共産党代表、地評幹部等の挨拶、激励演説等を始め、その状態はほとんど実力行使による警官の介入直前まで続くに至つたこと、他方警官側は同日午前七時ころ郵便局付近の神奈川県庁中庭に一個小隊(約三五名)が待機していたが、午前八時四〇分ころにはさらに三個小隊の警官と警察広報車一台が出動し、現場においてピケ隊と相対峙するとともにピケ隊に拡声機を通じ、出勤する職員をピケットで妨害することは威力業務妨害罪になるからピケットを解くように数次にわたり要求したが、ピケ隊はこれを拒否して応ぜず、そのころ局側管理者である横浜郵便局次長合田真一郎は一部の課長とともに一部局員の先頭に立つて二、三回ピケ隊に身体ごと接触して入局しようと試みたが、ピケ隊に強く拒否され、押返されてその目的を達しない状況であつたこと、午前九時前後ころ臨闘側は警察側の実力行使が行なわれた場合に警察、ピケ隊両者間に不測の事態の生ずることを懸念するとともに横浜郵便局支部の組織の弱さをも考え合わせ、この辺が潮時と局長と臨闘側代表者とのトップ会談をもつて事態収拾を計ろうとし、その方針をマイクで放送するとともに警察側にも申入れを行ない、地区本部の大須賀書記長から局外にいる合田次長を通じて局長にその旨申入れたが、局長はピケを解かない限り話合には応じられないとの態度を堅持してこれに応じなかつたところから、臨闘側代表者および合田次長は当時職員通用門はピケ隊にはばまれて通行できなかつたため公衆室脇通路から局内に入り、局長に面会を求めたが、臨闘自体を否定してその話合いに応ずる意思のない局長は姿を見せず、午前九時一〇分ころ局側から話に応ずる意思はないので警察力によつてもピケを排除してほしい旨の要請が警察側になされ、ついに深川警備本部長は管理者側の度重なる要請もあつたため現地指揮者古川機動隊長に実力行使を命じ、午前九時二〇分ころ同隊長は隊員に実力行使の命を下すに至り、かくてスクラムを組み坐り込んでこれに抗議するピケ隊員の引き抜きが警察官により順次行なわれ、約二〇分間でピケ隊が排除されるに至つたこと、(5)そして、前記のようなピケ隊によるピケッティングの結果、就労を希望する多数の組合員たる局職員が午前八時三〇分よりピケ解除に至るまで入局することができず、その結果各人の業務が妨害され、それに伴い各種の郵便業務が妨害されるに至つたこと、がそれぞれ認められる。

(二)  そこで、右認定の事実関係を前提として、本件ピケッティングの違法性を考究するについては、まず、順序として、本件勤務時間内二時間食い込み職場大会そのもののの違法性について一応検討しておく必要があるわけであるが、公共企業体等の職員の争議行為を禁止した公労法一七条一項が憲法二八条に違反するものでないことは前記全逓中郵事件判決の示すとおりであるところ、右の職場大会への参加は、組合の要求達成の一手段として組合員が勤務時間中にいつせいに職場を離脱しその間集団的に労務の提供を停止もるものにほかならないから、まさしく同盟罷業の一種であることは疑いなく、また、その同盟罷業の時間は二時間という比較的短いものであるとはいえ、郵便業務が今日国民の生活に必要欠くべからざるものであつて公共性がきわめて強く、その僅かな遅廷でもとり返しのつかぬ損失を与える場合があり、その職務の停廃は国民生活に重大な障害をもたらすおそれがあるものであることを考えると、右の二時間の同盟罷業もまた明らかに公労法一七条一項の禁止する争議行為にあたり、したがつて違法なものであるといわざるをえない。

(三)  次に本件ピケッティングの違法性について考えてみるのに、基本となる争議行為(本件においては勤務時間内食い込み職場大会と呼ばれる同盟罷業)が右のように公労法一七条一項の禁止に違反する違法なものである以上、これを実効あらしめるために行なわれるいわゆるピケッティングもまた事の性質上違法であることは認めざるをえないところである。しかしながら、その為議行為が公労法一七条一項の規定に違反し違法であるからといつて、それは当然にいわゆる可罰的違法なのではなく、この行為にも労組法一条二項の適用の余地があつて、同条項に該当するかぎりこれに対して刑事罰を科することができないことは前記全逓中郵事件判決および本件差戻判決の趣旨とするとおりであるから、かかる争議行為に伴うピケッティングも、それが労組法一条二項にいう「正当なもの」すなわち相当な範囲内のものである以上は、前記のように違法ではあるにしても、その違法性は刑罰を科するに足るだけの程度に達しないものと解するのが相当である。ところで、本件についてみるのに、原判示の争議行為である勤務時間内食い込み職場大会は、前認定のようにその目的は労働者の経済的地位の向上を主眼とするものであり、政治目的のためになされたストライキだとはいえず、またそれ自体は暴力を伴うものでなく、不当に長期にわたるものでもないことなどに照らせば、労組法一条二項にいわゆる「正当なもの」ということができるのであつて、可罰的違法性を帯びるものであるとはいえない。しかし、いうまでもなく、基本となる争議行為(たとえば同盟罷業)は違法でなく、あるいは可罰的違法を欠く場合であつても、これに付随して行なわれるピケッティングがつねに同様であるということはできず、その態様いかんによつては違法ないし可罰的違法であることは十分考えられるのであるから、本件においても、ピケッティングの違法の程度のいかんは、それ自体としてまた別個に諸般の事情を考慮したうえ判定されなければならないところに属する。

(四)  よつて、進んで本件ピケッティングの違法の程度について考察すると、ピケッティングが相当性の範囲内にあるか否かは右に述べたように諸般の事情を考察することによつて決せらるべきものであるが(最高裁判所昭和二七年(あ)第四七九八号同三三年五月二八日大法廷判決、刑集一二巻八号一六九四頁等参照)、その諸般の事情としては、ピケトの相手方のいかんないしはその立場が重要なものとして考慮される必要がある。そこで、この点につき検討してみるのに、公共企業体等の職員および組合は公労法一七条一項により争議行為を禁止されているのであるから、組合自身も組合員もこれを行なつてはならない義務を負つているこというまでもない。それゆえ、組合としては組合員に対して同盟罷業への参加を強制することのできない筋合いのものであり、これを組合員の側からいえば、各組合員は、法に従うべきであるという建て前からも、また自らが解雇等の民事責任を負わないためにも、組合の指令にもかかわらず、同盟罷業に参加することなく就業する義務を負うとともに権利を有するものである。いいかえれば、公共企業体等の組合がたとえば同盟罷業の決議をしても、その決議は違法であつて民間企業の組合の場合のように組合員に対し法的拘束力をもつものではなく、組合員としてはその決議に従わずに就業しても、特設の事由のないかぎり組合の統制に対する違反ないしはいわゆる裏切りの問題は生じないと解すべきである。したがつて、これに対するピケッティングの態様、程度も、組合員が組合の同盟罷業の決議に従う義務のある民間企業の場合と趣きを異にするのであつて、公共企業体等の組合としては、同盟罷業の決議に従わず就業しようとする組合員に対し、同盟罷業に参加するように平和的に勧誘または説得するのはピケッティングとして相当な範囲内のものということができるが、その程度を越え実力またはこれに準ずる方法を用いて組合の就業を阻止することは、他にこれを相当ならしめる特段の事情の存在しないかぎり、相当な限度をこえるものとして許されないといわなければならない。ただ、このように考えると、その結果民間企業ならば許される程度のピケッティングであつても、公共企業体等の場合は許されないものが生ずることになるが、これは、その相手方たる組合員の立場の相違が諸般の事情の重要なものとして考慮される結果にほかならないのである。そして、ピケッティングが右の相当な限度を越えた場合においては、すでに労組法一条二項にいわゆる「正当なもの」ということはできず、その行為が刑法二三四条の構成要件に該当するかぎり同条によつて処罰さるべきいわゆる可罰的違法性を有するものとみることができる(これに対し、最高裁判所昭和四二年(あ)第一三七三号同四五年六月二三日第三小法廷決定、刑集二四巻六号三一一頁は、公共企業体等に準ずる地方公営企業の労働組合の同盟罷業に際し、これより脱落した組合員の運転する市電の前に約四〇名の組合員が立ちふさがり、これを腕力で排除しようとした当局側の者ともみ合つた行為を正当な行為にあたるとしているのであるが、右の事件においては、従来の経緯特に当局側の誠意を欠く態度から組合がやむなく同盟罷業に踏み切つたものであることが特段の事情として判示されているところからみると、当該同盟罷業の違法の程度が低いこと、したがつてまた市電の運転に当たつた脱落組合員の裏切り的性格が比較的強いことにかんがみ、行為の態様および実質的に私企業とあまり変わりのない市電の乗客のいない車庫内のできごとであつたことなどの事情をもあわせ勘案してそのピケッティングの相当性を認めたものと解すべきであつて、にわかにこれをかかる特別の事情のない一般の場合に及ぼすべきでないことは、同決定が「このような行為は、それが争議行為として行なわれた場合においても、一般には許容さるべきものとは認められない」と説示していることからみても明らかである。)。

(五)  そこで、以上の見解を前提として本件のピケッティングの違法性をみるのに、まず本件の同盟罷業については特にこれを一般の場合と違つて違法でないとしまたは違法性が微弱であるとするだけの事由は発見することができず、そうしてみると、横浜郵便局支部が同盟罷業の性質を有する勤務時間内食いこみ職場大会開催の指令を違法であるとして拒否し指令返上の挙に出たことも、同支部所属の各組合員が原判示当日出勤就業しようとしたことも正当な行為であつて、組合側としてその入局を実力を用いてまで阻止することを正当ならしめる特段の事情があつたものとは認められない。そして、他方本件のピケッティングの態様をみると、前に認定したところから明らかなように、組合員の入局、就業を一切認めないのはもとより、その他の者の出入をも認めない態勢にあつたということができ、そのことは速達一号便がなかなか出発することができなかつた事実、局側管理者の出入りをも禁止するとの放送がなされた事実、警察側介入に近い終のころには臨闘側代表者すら職員通用門からの入居を阻止された事実などからも認めることができる。そして、その阻止の方法としては、前記のように多数のピケ隊員により厚いピケットが張られていたことからみても、ことには局側管理者合田真一郎らが現に一部組合員を率いて身を挺して入局しようと二、三度試みたがピケ隊に押し返されて失敗した事実からみても、単に勧誘または説得によつて入局を断念させようというようなものではなく、実力をもつてあくまでもその入局を阻止しようとするものであつたと認めざるをえない。そうであるとすれば、公共企業体等の同盟罷業である本件の場合において、前に説明したように特にこれを相当とする事情の認められない以上は、右のピケッティングは相当性すなわち労組法一条二項の正当性の範囲を逸脱するものであること明らかだというべきであり、それが刑法二三四条所定の「威力ヲ用ヒ」たものにあたることは疑いなく(証拠によれば、入局就業しようとして通用門前に参集した一般組合員の大部分は現実にピケットラインに身を以て接触したわけではない。しかし、前記のようにピケッティングの態様をまのあたりに見て入局することを断念していたのであるから、その入局しなかつたことがピケ隊の威力行為によるものであることは明らかである。)、右の不法な威力行使の結果、入局就労しえなかつた組合員の業務およびこれに伴う局の業務が現に妨害されたことも明らかであるから、右の場合に威力業務妨害罪が可罰的違法性あるものとして成立することは肯認されなくてはならない。

二公務執行妨害罪の成否特に職務執行の適法性について。

一件記録によれば、前記のように警察官によるピケ隊員の引抜きが行なわれた際、ピケ隊のうちにあつた被告人赤崎が同被告人を引き抜こうとした機動隊員巡査北沢操に対し、そのネクタイを引つぱつて首を絞め、さらに同人の左下腿部を蹴り上げる等の暴行をし、また、同じくピケ隊のうちにあつた被告人高野が同様ピケ隊の排除をなしつつあつた巡査周藤美雄に対し、同人の左下腿部および左大腿部を足蹴りにするなどの暴行を加えたことが認められるところ、原判決は、すでに引用したように、本件において被告人らを含むピケ隊による威力業務妨害罪が成立しかつ継続していることはこれを認めたが、警察官の被告人らに対する本件実力行使は警職法五条の要件をみたさないから違法であり、結局適法な職務行為とはいえず、公務執行妨害罪は成立しないと解するのである。

しかしながら、警職法五条は犯罪がまさに行なわれようとするのを認めたときに警察官に対し警告ないしは制止の権限を認めた規定であつて、まだ犯罪が行なわれない前の段階を対象としたものであるから、進んで犯罪が現に行なわれている場合にもこの規定がそのまま適用されると解するのは相当でない。けだし、同条が警察官の介入につき厳格にその要件と限度とを規定しているのは、まさにそれが行なわれようとしているにもせよ、まだ犯罪が現に実行されていない段階のことであるから、基本的人権保障のためこれを明定する必要があるからと解せられるが、これに反し現に犯罪が実行されている段階に立ち至れば、これを阻止するのは公共の秩序の維持に当たる警察の当然の責務であるし、またこの場合には現行犯として行為者を令状なしに逮捕することすら認められているところからみても、あえてその要件ないし阻止行為の態様を限定するまでのこともないため、別段の規定を設けなかつたものと解されるからである。それゆえ、すでに犯罪が現に実行されている段階においては、警察官としては当該犯罪を鎮圧阻止するために必要と認められる限度において、しかも憲法に保障する個人の権利および自由を不当に侵害し権利の濫用にわたらないかぎりは、犯人に対し犯罪の実行をやめさせるため強制力を行使することが許され、この場合においては特に警職法五条後段の要件を必要としないものと解するのが相当である。

ところで、本件についてこれをみるに、前記のように被告人らを含むピケ隊による威力業務妨害罪が成立し、現にその犯罪が行なわれつつあると認められるのであるから、被告人らに対し右犯罪を鎮圧排除するための手段としてなされた北沢巡査、周藤巡査の本件引き抜き行為は、警職法五条の要件を充足するか否かにかかわりなく、これをなしうるところであるというべく、労働争議に際しての警察の介入は、公共企業体等の場合であるにせよ、労働基本権尊重の根本精神に照らし、また労働争議における集団性、流動性等の特質にかんがみても、不当な干渉にならないように特に慎重でなければならないのであるが、本件においては、前認定のような警察が実力行使をするに至つた経過に徴すれば、警察の本件における実力行使がその権限を濫用したもので違法なものであるとは考えられない。

してみれば、北沢巡査、周藤巡査の各被告人に対してした前記実力行使は刑法上保護に値する適法な公務の執行であるということができ、その公務執行に対してなされた被告人両名の前認定の暴行行為はいずれも公務執行妨害を構成すること明らかであるというべきである。

しかるに、北沢巡査らの本件における実力行使を警職法五条による適法な職務行為にあたらないとの理由によりこれに対しては公務執行妨害罪の成立する余地なく、被告人らの暴行は正当防衛にあたるとして被告人両名を無罪とした原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の解釈適用の誤りを犯した違法があるものであつて、原判決はこの点において破棄を免れない。したがつて、右職務行為が適法であると主張する論旨は結局理由があることに帰する。

以上の次第で、刑訴法三九七条一項、三八〇により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により次のとおり自判する。

(罪となるべき事実)

被告人赤崎末人は、神奈川県地方労働組合評議会(以下「地評」という。)事務局員、被告人高野保太郎は日本鋼管川崎製鉄所労働組合員であつた者であるが、全国逓信労働組合(以下「全逓」という。)は、昭和三三年三月一七日全逓神奈川地区本部を経由して全逓横浜郵便局支部に対し、春季闘争の一環として同月二〇日午前八時三〇分から勤務時間内二時間食いこみ職場大会を開催することを指令したところ、同郵便局支部(支部長小原博)は、右職場大会の開催を拒否し、同指令を返上するとともに同支部執行委員が総辞職したので、前記地区本部はこれに対処し、横浜郵便局内に右地区本部執行委員らで構成する臨時闘争指導本部を設けてあくまで右職場大会を開催することを企図し、同支部組合員に対し前記指令に基いて右闘争の指導にあたるとともに、地評に対し当日右郵便局員の就労を阻止するためのピケット要員の支援動員方を要請した。かくて同年三月二〇日午前八時ころにはすでに、被告人両名を含む同地評傘下の各労働組合員約二〇〇名が横浜市中区日本大通五番地横浜郵便局通用門前路上にほぼ数列から成るピケットラインを張り、スクラムを組んだり労働歌を高唱するなどして気勢をあげて同局職員らの出勤を阻止する態勢を示すに至つたので、出勤してきた組合員である局職員もあえて局内に入ることができず、現に内勤職員の出勤時間である午前八時三〇分すぎには同郵便局次長合田真一郎をはじめ課長らが組合員である一部局職員の先頭に立ち、再三身を挺してピケッティングを排除して入局就労しようとしたにもかかわらず、ピケ隊員はこれを押し返して強く阻止し、不法な威力を用いて入局就労を希望する組合員および同郵便局の業務を妨げるに至つた。そこで、同郵便局長寺田清吉の要請により出動していた神奈川県警察本部機動隊約一〇〇名は、被告人らを含むピケ隊員に対し数次にわたり違法なピケットを解除すべき旨の警告をしたが、ピケ隊はこれを無視して応ぜず、同郵便局通用門付近において座り込みを開始するに至つたので、同郵便局からの度重なる要請もあり、ついに同日午前九時二〇分ころから実力をもつて右違法なピケットを排除しようとしたのであるが、その際、

第一  被告人赤崎は、同日午前九時三〇分ころ、同所においてピケ隊の引き抜きを始めた同機動隊員巡査北沢操に対し、同人のネクタイを引つぱつて首を絞め、さらに同人の左下腿部を蹴り上げる等の暴行をし、

第二  被告人高野保太郎は、同日午前九時二五分ころ、同所においてピケ隊員の引き抜きを始めた同機動隊員巡査周藤美雄に対し、同人の左下腹部および左大腿部を足蹴にする等の暴行をし、

それぞれ右両警察官の職務の執行を妨害したものである。

(証拠の標目)<略>

(法令の適用)

被告人両名の判示所為は各刑法九五条一項にあたるので、いずれも所定刑中禁錮刑を選択し、その刑期の範囲内で被告人両名をそれぞれ禁錮二月に処し、情状により被告人両名に対し同法二五条一項を適用し、いずれもこの裁判が確定した日から一年間その刑の執行を猶予することとし、原審および当審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項但書により全部被告人両名に負担させないこととして、主文のように判決をする。

(中野次雄 寺尾正二 粕谷俊治)

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